岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)824号 判決 1970年5月18日
原告
平林道夫
被告
藤原肇
主文
被告は原告に対し、金二一〇万〇七六七円とこれに対する昭和四三年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
この判決の第一項はかりに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告)
被告は原告に対し金三一〇万〇七六七円およびこれに対する昭和四三年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(被告)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二、請求の原因
一、被告は昭和四二年五月二七日午后二時二五分頃小型乗用自動車(岡5さ三二一三号、以下加害車両ともいう)を運転して、都窪郡吉備町平野九一七番地先交差点の手前を西進中、信号機の設置のある右交差点において前車に続いて停車していた訴外有松敏夫運転の小型乗用自動車(以下被害車両ともいう)に追突し、そのため、被害車両に同乗していた原告に対し、頸椎むちうち損傷、胸部および左膝打撲、左肢関節部挫傷等の傷害を負わせた。
二、被告は加害車両を所有し、自己のため運行の用に供していた。
三、被告は原告が本件事故によつてこうむつたつぎのような精神的苦痛に対する慰謝料として少くとも五〇〇万円を支払う義務がある。
すなわち、原告は右傷害のため三カ月余り治療を受け、同四二年九月七日外傷は一応症状固定したが、特に右頸椎むちうち損傷により局所の圧痛、左上肢のしびれ感、筋無力感、握力減退、左二ないし五指の著しいしびれ感、著明な頭痛等の頑固な神経症状を残す後遺症ならびに右中大脳動脈閉塞による左半身麻痺の機能障害を続発している。このため、原告は事故当時四四才の働き盛りであるのに、精力、性感の著しい減退を見、生れもつかぬ不具者となつた。また、原告は当時平林運送株式会社を経営していたが、右会社は実質的には原告の個人企業であつて、原告自ら現場従業員の指揮監督や、受注のための交渉など運送営業に必要な業務作業に従事し、毎年少くとも一六〇万円の純益を挙げていた。ところが右受傷により原告が右業務作業に従事することが至難となつたため、右企業は同四二年度のみでも一九〇万五一三四円の損失を見るに至り、企業の発展に対する期待的利益の喪失、挫折感等により多大の精神的苦痛を余儀なくされた。
四、原告は本件事故にともない自賠責保険から一八九万九二三三円の給付を受けた。
五、よつて、原告は被告に対し、右慰謝料五〇〇万円から右保険給付額を控除した残額三一〇万〇七六七円とこれに対する不法行為後である同四三年一一月二七日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因に対する被告の答弁
一、請求原因一の事実は認める。
二、同二の事実は認める。
三、同三の事実は争う。原告は受傷後三カ月余の通院治療により同四二年八月症状固定しほぼ全快した。現在の健康状態がその主張のとおりであるとすれば、その後同四二年九月下旬発病を見た右中大脳動脈閉塞症によるものであつて、本件事故とは因果関係がない。また原告主張のような企業の損失を生じたとしても、原告は一カ月手取り八万円余の給料生活者にすぎないから、それはあくまで平林運送株式会社の損害であり、原告自身の損害ではない。しかも、右企業の損失は本件事故とは無関係な前記動脈閉塞症によるものであるからこのような事情を慰謝料算定の資料に加えることは許されない。
四、同四の事実は認める。右給付は本来本件事故とは無関係な前記動脈閉塞症による半身麻痺症状を、いわゆる政治的配慮によつて本件事故による後遺症と認定された結果であり、本件慰謝料は右給付により全額損益相殺されるべきである。
第四、証拠〔略〕
理由
請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告は原告に対し自賠法第三条に基づき、原告が本件事故によりこうむつた精神的苦痛に対し慰謝料を支払う義務がある。
よつて、慰謝料の額について考えてみるのに、〔証拠略〕によると、次の事実を認めることができ、格別反対の証拠はない。
原告は本件受傷当日から同四二年九月七日頃まで名越整形外科医院に頸椎むちうち損傷、胸部左膝打撲、左肢関節部挫傷の診断のもとに通院加療(治療実日数四二日)した結果症状固定し、頭痛、左上肢のしびれ感、筋無力感などの神経症状を残すのみであつたところ、同年九月二九日頃事業関係の会合に出席中右中大脳動脈閉塞症を起して倒れ、同四三年二月二〇日まで国立岡山病院脳外科に入院治療したが、現在なお左半身麻痺の症状を残している。原告は事故当時貨物自動車二〇台余を保有し運送営業を営んでいた平林運送株式会社の代表取締役をしていたが、同会社は原告ら家族のみからなる個人的企業であつて、原告自ら受注、配車、金融等業務全般にわたり陣頭指揮にあたつていた。そのため名越医院に通院中もつとめて出社し事務処理の要点を見届けることを余儀なくされたが、動脈閉塞症を生じて入院中はもちろん退院後も左半身不自由のため事故前のように自ら積極的に業務管理に携ることができず、絶えず焦燥感にかられ業績も振わなかつたが、同四四年にはおおむね事故前の業績に回復した。名越病院における治療費、交通費は被告において支払つた。以上のように認められる。
ところで、被告は前記動脈閉塞症は本件交通事故によつて生じたものでないと主張する。そして、〔証拠略〕によれば、医学的には右動脈閉塞症と本件頸椎むちうち症(頭部外傷)との因果関係を否定も肯定もできないと診断されていることが認められる。しかし、〔証拠略〕によると、原告は大正一二年二月一五日生で本件事故にあうまで極めて健康であり動脈硬化など動脈閉塞症を起すおそれのある徴候は全く見られなかつたこと、頭部外傷の後中大脳動脈閉塞症の起ることは一般に知られており、交通事故による頸部に対する打撃等の機会に右動脈閉塞症の発生する蓋然性もかなりの程度あること、自賠責保険においても因果関係を積極的に否定できない以上「疑わしきは含める」の考えからこれを肯定し右後遺症につき障害級別一級相当の給付をしていることが認められ、特に反対の証拠はない。してみると、直接の因果関係の立証が困難であることの一事によりこれを否定することは、本件事故の態様結果の重大性にてらし相当でなく、自賠責保険におけると同様の考え方に従い因果関係を肯定し、慰謝額の算定にあたりある程度考慮するをもつて足りると考える。
以上のほか本件口頭弁論に現れた諸事情を合せ考えると、慰謝料の額は四〇〇万円をもつて適当とするところ、自賠責保険により一八九万九二三三円の給付がなされたことは当事者間に争いがないからこれを充当控除すると残額は二一〇万〇七六七円となることが計算上明らかである。よつて、被告に対する本訴請求は右残額二一〇万〇七六七円とこれに対する不法行為後である同四三年一一月二七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 五十部一夫)